インタビュートップ > Vol.2 メルセデス・ベンツ日本株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 上野 金太郎

メルセデス・ベンツ日本株式会社 代表取締役社長 兼 CEO 上野 金太郎

1986年1月設立。来年創業30周年を迎えるのがメルセデス・ベンツ日本だ。いま全国にある正規販売数は209店舗。2年連続で国内新車登録台数記録を更新し、プレミアムセグメントとしては首位の年間登録台数6万台を記録している。リーマンショック、東日本大震災、数々の試練を乗り越え初の日本人社長となった上野金太郎氏に話を伺う。

メルセデス・ベンツ日本株式会社 代表取締役社長 兼 CEO
上野 金太郎
1964年生まれ。東京都出身。早稲田大学卒業後、創業間もないメルセデス・ベンツ日本に新卒採用1期生として入社。営業、広報、そしてドイツ本社勤務を経験。帰国後、社長室室長、商用車部門取締役や副社長などを経て2012年に代表取締役兼CEOに就任。2013年、2014年と2年連続で過去最高となる国内新規登録台数を達成している。
インタビュアー:カーグラフィック代表取締役社長 加藤哲也

メルセデスと日本の強さを融合して、新たな市場を創造する。

加藤  お互いこの自動車業界に随分と長くいる感じがしますが(笑)、上野さんももうかれこれ30年くらいじゃないですか?

上野 わたしはメルセデス・ベンツ日本の新卒採用1期生で87年入社ですから、今年で28年目になりますね。

加藤 上野さんはしばらく広報部におられたこともあって、その当時にお会いしたこともありましたけど、あれから随分とメルセデスも変わりましたよね?

上野 まだCクラスがなくて、190の時代でした。本社の3、4年遅れで日本に輸入されることになって、社内でドタバタと調整していたのを覚えています。

加藤 190と言えば、その頃の『カーグラフィック』で小林彰太郎さんが長期テストで190Eを担当されていたんですけど、あるときフロントのボンネットから湯気が出ていた。フードをあけると遮熱板がなくて、まだ下っ端でしたから、言われるがまま芝浦のヤナセに行って貼ってもらった、そんな思い出がありますね。

上野 そうですか(笑)。ちなみにいまの最新モデルではエンジンの制御などが進んで、遮熱板は必要なくなりました。随分と進化しています。

加藤 ところでそもそも上野さんはクルマ好きでいらっしゃると思いますが、それが高じてこちらに入社されたのですか?

上野 父親の影響で帰国子女ではないんですけど、アメリカンスクールに通っていました。それで少し英語ができたので、雑誌社のアルバイトで通訳として海外にもよく行ってました。実は入社する前にAMGの本社に行く機会もありました。そのとき創業者のハンス・ヴェルナー・アフレヒトなどにも会っているんです。

加藤 ええ?、それはすごい。とういうことは、エバハルト・メルヒャーも?

上野 そう。ハルトゲやアルピナにも行きましたね。あとはラリーで有名なタスカ・エンジニアリングの手伝いでRACラリーに連れていかれて、チームマネージャーみたいなことをしてみたり。二輪の鈴鹿8耐で、スペンサーやローソンなどが来ていたあの時代に通訳していたこともありました。

加藤 自動車雑誌の通訳とかラリーチームのマネージャーとかやってこられたのなら、世が世ならわれわれと同業者になっていたかもしれない。

上野 いやもうホントに高校生の頃からアルバイトでいろいろな経験をさせてもらって、加藤さんを前にしてこんなこと言うと怒られちゃうかもしれないですけど・・・もうちょっとカタギな世界がいいなと(笑)。

加藤 あははは、おっしゃる通りですよ(笑)。

「自ら港へ出向いて輸入手続、入社当時のあの経験が 社長になった今もとても役立っています。」

上野 当時は就職協定があって8月20日が解禁日で、正直にそれをまっていたら気づいたときにはほとんど終わってた。メルセデス・ベンツ日本って86年1月設立の、当時はまだ30名くらいの小さな会社で新卒を募集していなかった。とりあえず自動車関連だし、英語もできるし、いいんじゃないかなと。

加藤 自ら門を叩いたと。

上野 当時は、アーク森ビルにオフィスがあって、履歴書をもって飛び込んだんです。そうしたら、いきなり人事部長が対応してくれて明日また来いというんです。翌日行ったら、人事担当役員、副社長、社長ととんとん拍子に進んで、「もういいよ」と言われた。どういうことかわからず意味を尋ねたら、それで合格だったみたいです。当時は内定者を拘束する拘束日とかありましたけどそれもなくて、内定書もない。どうすればいいですかって聞くと、来年の4月にお待ちしてますって(笑)。

加藤 まだできたばかりの新しい会社ですから、そういう準備もできていなかったんでしょうねえ。

上野 4月1日に会社に行くと、いきなり忙しいわけです。87年1月にヤナセさんから輸入権を移譲していただいて、てんやわんやの営業部に配属になりました。営業とひとくちにいっても、本国への発注、輸入や通関手続き、卸や、整備依頼や部品の手配など、それこそ港に行ってステッカーを貼ったり、ガソリンを入れたり、そんなことからやりました。それをみっちり2年やって会社がインポーターとして何をやっているのかが良くわかった。輸入することに関する手続きは約30年たったいまも基本的には変わっていません。

加藤 それから約30年を経て、社長になったいまもその経験が役立っていると?

上野 ものすごく役立っています。あの2011年の東日本大震災の際に、弊社の茨城県日立市にある新車整備センターが被災しました。約1000台を収納できる巨大立体駐車場が故障し、さらに二百台以上の新車が海に流された。

加藤 そうでしたね、あのニュース映像はいまも忘れられません。

上野 3.11が金曜日で、週末は情報収集し、ドイツ本社と連絡をとりながら、週明け月曜にはまず国土交通省に向かいました。何千というお客様が納車を待っている。そのため日立に加え、部品庫があった愛知県の豊橋市を整備地として追加する許可をもらうためです。通常は絶対に動いてはくれないお役所も即日対応してくれました。今おもえば自分でも不思議だったのですが、自然と体が動いていた。陸揚げ地も日立から豊橋に変更しました。まわりはみんな無理だって言うわけです。でも、かつての経験からそれは実現可能であることはわかっていました。

加藤 そういえば昨年、豊橋の新車整備センターで直接納車を行うデリバリーコーナーも開設されていましたね。

上野 実はリーマンショックの影響で、2010年に一度、豊橋の新車整備センターは撤退したんです。年間の登録台数も3万台を切って約2万8000台まで落ち込んだ。ある意味でどん底を見た気がしています。ただ一方でこんなに不況でもこれだけメルセデスを買ってくださる方がいるということに勇気づけられました。震災は一度撤退した翌年のことでしたから、豊橋市長にはすみません、出戻りですとお願いにうかがったら、快く引き受けてくださった。それがきっかけで昨年あらためて正式に豊橋に新車整備センターを開設することになりました。

加藤 あの一般のお客さんが新車整備のコースを見学できる仕組みもいいですよね。

上野 新車整備センターって基本的にこれまでは取材もお受けしていないですし、オープンにはしていませんでした。新車のメルセデスは、陸揚げされてから何十ものプロセスを経てお客様のもとへお届けしているわけです。ここまで真面目にやっているのだから、ちゃんと見てもらおうよと。なぜ、できないのって担当者に聞いたら「いや、社長がやりたいっていうならできますけど」って。そうか副社長のときは遠慮してたけど、社長ならやりたいって言っていいのかって(笑)。

一般見学はたくさん予約をいただいていて、すでに400名以上がいらしてくださいました。整備をするスタッフもこれまでは閉鎖された空間でもくもくとやっていたのが、お客さまが見にこられることで、ときに質問をうけたりコミュニケーションも発生して、雰囲気がよくなるといった相乗効果も生まれています。

加藤 日立と豊橋の2箇所の新車整備センターが稼働し、そしてついにメルセデスの新規登録台数(2014年)は6万台を超えました。それについてはどのように感じていらっしゃいますか?

上野 かつて5万台、6万台なんていうのは、夢のような数だと思っていました。ドイツ本社では“プロダクト・オフェンシブ”という言葉を使ってましたが、この数十年で第一次、第二次を経て、いまは第三次の変革期に入っています。

新型車の数は、1つの車台で2ドアも4ドアもSUVもオープンもと、ものすごい勢いで増えている。いまの登録台数の伸長というのは、それぞれプロダクトが市場に受け入れられている結果だと理解しています。ドイツ本社がこうしてモデルバリエーションを用意してくれたことで、さまざまな嗜好性をもったお客さまに合うクルマを提供できるようになった。これで売れなかったから、本社に怒られてしまいます。現にメルセデスはいま全世界的に好調です。

加藤 日本では2013年から発売されている新型Aクラスなどが、販売台数を牽引していると思いますが、一方で昔からのメルセデスを支持してくれているロイヤルカスタマーが、Aクラスのエヴェンゲリオンのスタッフが制作を手がけたアニメーションやGLAクラスのスーパーマリオを使ったCMなど、従来のメルセデスのイメージを覆すようなキャンペーンをどのように評価しているのかが気になります。

上野 新しいAクラスはメルセデスにとっては新しい車型でしたし、かなりオフェンシブな戦略をとらないと多くの方にその良さをわかっていただけないと思っていました。あとはやはり日本人なので、日本の強さと、メルセデスの強さを組み合わせたかった。ですからAクラスのアニメ?ションだけではなく、たとえばCクラスではサッカー日本代表の本田圭佑選手をブランドアンバサダーに起用したり、新しいことに挑戦してきました。

私が感じているのは、自分の好きなブランドが若若しくて、元気であることを否定する人はあまりいないと思うのです。実際にそう言ってくださるお客様もいます。

加藤 なるほど。

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