インタビュートップ > Vol.5 ルノー・ジャポン株式会社 代表取締役社長 大極 司

ルノー・ジャポン株式会社 代表取締役社長 大極 司

ルノー・ジャポンが設立されたのは2000年のこと。しかし、期待したような成果は上げられず、2006年、ルノー事業は日産トレーディングに移管される。そして2009年に大極氏がルノー・ジャポンのCOOに就任。着実に成長を遂げ、2012年にルノー・ジャポン株式会社として独立する。日本市場において“最後発のブランド”と語るルノーのこれからについて話を伺う。

ルノー・ジャポン株式会社 代表取締役社長
大極 司
1956年生まれ。東京都出身。千葉大学を卒業後、1980年に日産自動車へ入社。当初から輸出業務に携わり、1989年に欧州日産(オランダ)、1999年にルノー本社、2001年にスペイン日産など海外勤務を多く経験。本社帰任後はGOM(一般海外市場)マーケティング部長などを務める。2009年、日産トレーディング株式会社 ルノー・ジャポンCOOに就任。2012年、ルノー・ジャポン株式会社として独立。現職に。
インタビュアー:フェルディナント・ヤマグチ

輸入車販売は、さらなる発展の可能性を秘めた有望産業。

フェルディナント・ヤマグチ(以下F)  はじめまして、よろしくお願いします。ルノーについてもさることながら、まずは大極さんというお名前が気になって(笑)。“大きく極める”、すごいお名前ですね。京都かどちらかのご出身なのですか。

大極 実は秋田なんです。秋田のとある村に大極姓が集まっているんです。

F それは大極村ですね(笑)。では幼少の頃はそちらで過ごされて。

大極 いや実は私は東京生まれ、東京育ちなんです。父親がそこの出身で。ウェブサイトで調べたら、いまは全国で300家族くらいしかいないとありましたね。

F なるほど、とても希少なお名前であると。いきなり脱線してすいません。あらためまして、まずはルノー・ジャポンという会社についておうかがいしたいのですが、ルノーというとJAXなどこれまでインポーターが二転三転していたイメージがありますが。

大極 JAXさんやヤナセさんがやっていたフランス・モーターズ、その前にもいくつかインポーターがありました。私はいつもルノーは日本市場においては“最後発の輸入車ブランド”だと言っているのですが、2000年にルノー・ジャポンができるまでは、クルマの販売はしていたものの、ブランドとしての中長期的な投資がなかったわけです。

いまはゴーンさんのおかげもあってルノーという社名の認知度を調査すると97%くらいはある。かなり高いわけです。しかし、具体的な車名となるとぜんぜん知られていない。

F カングーくらいは一般的に知られていないですか?

大極 いえ、ぜんぜんですね。設立当初のルノー・ジャポンは、ルノー本社が主導でフランスから来た社長のもとにはじまりました。2005年まではその体制でやってきたのですが、やはり日本市場は特殊でなかなかうまくいかなかった。

F やはり諸外国から見れば、日本市場というのは相当に特殊なんですね。実際の輸入車の比率もとても低いですし。

大極 おそらく先進国の中ではもっとも低いでしょう。軽自動車を含んだ数字で、シェア約5%しかないわけです。登録車だけだと約9%になりますが、その数字にはあまり意味がありません。いまや乗用車の約半分が軽自動車です。お客様も軽だけしか乗らないわけではなく登録車といったりきたりしていて、ときにはわれわれの小型車のような輸入車も競合になったりする。ですから本社にはいつも軽自動車を含む数字で日本のマーケット状況を説明しています。

F うーん、なるほど。なんだかんだで年間500万台、いまだに中国、アメリカに次いで世界で3番目にクルマが売れる市場であるにも関わらず、ですよね。

大極 はい、それはなぜか。いわずもがな、トヨタ、日産をはじめとするグローバル企業が、自国にあるということです。地産地消という面でもコスト的にも有利ですし、お客さんのことをよく知っている。しっかりとマーケティングができているわけです。

そういうマーケットに輸入車を導入するときにどこを狙っていくのか。ドイツ車はプレミアムカーマーケットを狙って、そこのセグメントでは日本車をも凌駕しています。で、最後発のルノーはどうするんだ? と。しかし、フランス人だとその発想にはたどりつかないんです。それはその通りで、自国のフランスでは100年以上の歴史があり、国営企業としてずっとトップを走ってきた。いまでもEU圏内でもシェアは3位で、いわばトヨタ、日産のようなメジャーな立場にいるわけです。

F ぜんぜん立ち位置が違うわけですね。たしかに1999年のルノーと日産とのアライアンスの以前のルノーには国鉄とか専売公社みたいな国営企業のイメージがあります。

大極 実は、ルノーと日産が提携するまでは、まだ国が40%以上の株をもっていたくらいですから。

F えーーっ! まさに日産はフランス国営企業と提携したようなものだったんですね。

大極 それ以前は7割くらいは株をもっていたはずです。しかし、それではグローバルでは生き残っていけないと当時のシュバイツァー会長が、あのノーベル平和賞受賞者のシュバイツァー博士の末裔なのですが、天才的な手腕でルノーの民営化を実現させたわけです。アライアンス先も当時はアメリカも検討したようですが、先見の明でこれからはアジアだろうと、そこで日本が候補に挙がり、日産とのアライアンスにつながるわけです。

F その当時、大極さんはルノーに出向していらしたと聞いてますが。

大極 アライアンス初期の人材交流プログラムでルノー本社にマーケティングダイレクターとして配属されました。その当時のルノーはまだ国営時代の名残りのようなものがあって、あまり外をみる文化がないわけです。例えばルノーと日産のアライアンスにおける公用語は英語でした。そういう契約なのにみんなフランス語しか話せない。

F 話さないじゃなくて、話せないのですか?

大極 そうなんです。そもそも英語を話す必要がなかった。ドイツやUKの幹部もみんなフランス語が話せる人を雇っている(笑)。会議も書類も全部フランス語なわけです。フランス語ができないと仕事にならない。

F ひぇーー。そうすると、大極さんも必死で勉強された。

大極 いえ(笑)。アライアンスの代表として日産からきたという立場もありましたし。フランス語は文化としては素晴らしい。しかし、グローバルに展開していくビジネスの世界では通用しない、とみんなを説得してまわった。でもそれもうまく伝わらないわけです。

F なんだかよくわかんないけど、この日本人が英語で怒っているぞみたいな(笑)

大極 そうそう。日本からうるさいやつがきたなと(笑)。昼に食堂に行くと、さっと私のまわりから人がいなくなる。そこからのスタートでしたねえ。

F それは、それはご苦労でしたねえ。

アライアンスは、ルノーだけでなくフランスにもグローバル化をもたらしました。

大極 そんな中で技術や生産畑の人たちは、日産のことを学びたいという意識が強くて、営業やマーケティング担当よりも彼らのほうが先に英語を話すようになりました。日産がグローバルで成功しているのは、高い品質や技術をもっているためだということを分かっていたわけです。

実は、私はルノーと日産との提携が、フランスという国にとってもグローバル化への扉をひらくきっかけになったんじゃないかと思っているんです。

F といいますと?

大極 それまでのフランスは日本以上に学歴社会で、あるトップ4の大学の出身者が社会を仕切っていました。そこを出ないと政治家や役人や大企業のトップにはなれない。歴然としたヒエラルキーが存在していました。

F 例えば、ゴーンさんはどうですか?

大極 ゴーンさんもそうですね。グランゼコールというのですがそのひとつ、フランスの理工系エリート養成教育機関であるエコール・ポリテクニークの出身です。2000年当初はそういうヒエラルキーが強く、また街でもまったく英語が通じませんでした。スーパーもパン屋もカフェもすべてフランス語の世界なわけです。

F それがいまは変わったと?

大極 ルノーの社内でもそういう学閥がくずれて、いまはいろんな人たちが活躍しています。パリの街でも普通に英語が通じる。たった15年でこんなに変わるのかというくらいにグローバル化しています。

F なるほど。それで大極さんは2009年からルノー・ジャポンのCEOに就任されていますが、それまでとは違う戦略をとられようとしたわけですか。

大極 私はフランスにいるときに、日本でルノーを売るのなら、日本車とも、ドイツ車とも違う、別の土俵で戦わないとだめだと。そんな土俵を自分たちで探すなり作るなりしていかないとダメだよと言い続けてきたのですが、なかなかわかってもらえなかった。ですから、私が社長になったときに、まずFTS(French touch、Trendy、Sports)というコンセプトをもとに、フランス語で「Vis Tes Passions(ヴィ・デ・パッション)」、日本語で「好きを、走れ。」という意味なのですが、そういうブランドメッセージを作ったんです。自分の好きなことをやりながら、人生を走っていきましょうよ、と。そこで日本には競合のない個性的なクルマにフォーカスしていこうと決めたんです。

F その1つがカングーであると。

大極 わかりやすい例がそうですね。向こうでは商用車です。日本に導入しているような後席に窓ガラスがある乗用車タイプはほとんど売っていません。ですからこれを乗用車として売る発想は本国にはないわけです。

F たしかにボディサイドに店名がペイントされているような、花屋さんやマーケットの人が使っているイメージですよね。

大極 あちらではまさにそうです。日本では黄色のカングーを売りたいんだと言っても最初はぜんぜん話が通じないわけです。あちらでは黄色は郵便車の色ですから。

F たしかに日本で見るカングーってカラフルなイメージがありますね。

大極 そうなんです。例えばピンクに塗ってほしいと本社と何度も交渉して、やっと30台だけですが限定車を作りました。それが5分で完売するわけです。

F すごい、たった5分。

大極 そういうニッチ戦略なわけです。まずニッチに特化するぞと宣言したら、本国からはルノーがニッチだと?と怒られていましたけど、最近少しづつ理解してもらえるようになってきた(笑)

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