インタビュートップ > Vol.11 ニコル・レーシング・ジャパン株式会社 代表取締役社長 C.H. ニコ・ローレケ

ニコル・レーシング・ジャパン株式会社 代表取締役社長 C.H. ニコ・ローレケ

1965年、ドイツバイエルン州でアルピナ社は設立。奇しくもEURUと同じく50周年を迎えている。BMW公認のチューナーとして始まった会社はレース活動を経て、完成車を手がける自動車メーカーへと変貌を遂げていく。年間の生産台数は手作業の割合が多く約1,700台ととても希少である。約35年前、まだほとんどの日本人が知らないアルピナを日本に紹介し、普及に尽力してきたローレケ氏に、あらためてアルピナについて話を伺う。

「NO RISK、NO FUN」。挑戦することを恐れない

加藤 そういえば少し昔の話ですが、ローレケさんが1993年にブガッティの輸入をはじめられたときの発表会でのことです。輸入元になろうと決めた要因の1つは、ブガッティ社の人たちだけでなく、まわりにいるサプライヤーや周辺の人からブガッティに対する尊敬の言葉をたくさん耳にしたこと、とおっしゃっていたのがとても印象的でした。

ローレケ よく覚えていますねえ。やはりコアにあるのは人間なんです。クルマに魂があるかどうか。それはすなわち、作ったひとたちがクルマに魂を吹き込んでいるわけです。あの当時のブガッティはイタリアだけじゃなくヨーロッパ中のエンジニアが集まって、1つのクルマができていた、それがとても魅力的だったのです。その後、VWグループになって、ヴェイロンの輸入元もやりましたが、ドイツ人ではなく、ヨーロッパ人という感覚で、フランスにヨーロッパ中のブレインと心が集まって、素晴らしいクルマが作られていました。

加藤 ローレケさんはもう長く日本にお住まいですが、自分の中に日本人としての感覚はありませんか?

ローレケ あります、ヨーロッパに行くたび、もうほとんど日本人だと思う(笑)。

加藤 以前、東日本大震災の直後に海外出張に行かれて、日本に戻る際にその帰国便に乗っていた唯一の外国人がローレケさんだったというお話を聞いたことがありました。あの当時、日本から避難する人はいても、わざわざ日本に向かう外国人はほとんどいなかったでしょうね。

ローレケ あれはとても不思議な体験でした。でも、日本が好きだし、違和感はなかったですね。日本の友人が、私が避難しないでずっと日本にいることを知り、メールで「これで君に日本国籍をあげます」って、それはうれしかったですねえ。

加藤 いい話ですねえ。あとリーマンショック直後の2009年第41回東京モーターショーで、輸入車が軒並み撤退しました。そのときもアルピナは出展していた。あれもすごく感動しました。

ローレケ 出ない理由はいくらでもあったんです。でも挑戦するのかしないのか。2つの選択肢があるとき、やはりチャレンジを取りたい。来てくれた人たちがクルマを見ている5分や10分のあいだだけでもいいから嫌なことを忘れられるなら、楽しくなれるならそれでいいと思ったんです。長年日本でやってきて、日本によくしてもらって、それは1つの義務だと恩返しだと思っていましたね。

加藤 本当に素晴らしいですねえ。日本に初めてアルピナが上陸してから約35年ということですが、アルピナはそのあいだにどのように変わったと思われますか?

ローレケ ダイヤモンドに例えれば、昔は魅力的だけどまだラフで、それが時間とともに磨かれてさらにもっと美しいダイヤになってきた、そんなイメージでしょうか。昔はアルピナの象徴であるストライプももっと太くて強い印象のものでしたが、いまは洗練されて、細くてエレガントなものに変わってきています。

加藤 逆にエレガントになりすぎて、もっと昔みたいにスポーティにして欲しいという思いはないですか?

ローレケ いえ、アルピナはモータースポーツのルーツを忘れたわけではなくて、ときにたとえばB3 GT3や、ちょうどいま創立50周年限定車のB5とB6「EDITION50」というモデルも作っています。600馬力で、そういうチャレンジ精神を忘れていない。BMWもそうなのですが、会社は大きくなるとみなリスクを背負わなくなる、でもBMWもアルピナも、いまも変わらずリスクを背負う。そこが大好きなんです。英語でいえば「NO RISK、NO FUN」ですね(笑)。

やはりビジネスも楽しくなければいいビジネスにならない。いやいやでやっていても、自分のなかのクリエイティビティや、よろこび、情熱、が出てきませんよね。

加藤 なるほど。アルピナは日本ではBMWよりも先んじてディーゼルを導入していますが、1980年代であればあんなに気持ちのいい6気筒のガソリンエンジンがあって、アルピナがディーゼルをやるなんて考えられなかった。そこに対する抵抗はなかったですか?

ローレケ 逆なんです。私は待っていました。とてもトルクがあってシティドライブに適している、燃料も安い、日本にはディーゼルが合うと信じていました。実は早い時期にそれこそ1999年の第33回東京モーターショーで初のディーゼルを発表する予定でした。ちょうどこの年のジュネーブショーでアルピナ初のディーゼルエンジンモデルD10ビターボが発表されていました。しかし、あの石原元都知事の会見をきっかけに一度は断念させるを得なくなった。

加藤 先見の明がおありだったんですねえ。それでようやく2010年に3シリーズベースのD3ビターボを導入されたと。

ローレケ この4気筒エンジンモデルが出たとき、価格も魅力的でチャンスだと思ったんです。当時はまだまだ日本にはディーゼルへの偏見が強くて、営業担当にヨミを聞くと「50-60台が限界です」と言うわけです。じゃあ、わかった、150台入れようって。

加藤 3倍じゃないですか(笑)。

ローレケ 結局、売り切れて、足りなくなったんです。いまではBMWもそうですが、アルピナにとってもディーゼルは切り離せません。約半数以上がディーゼルモデルになっているくらいです。

加藤 今後、アルピナはどうなっていくのでしょうか? ディーラー数を増やすとか拡大路線を目指すのでしょうか?

ローレケ いま日本市場は右肩上がりで、2014年のアルピナの新車登録台数は428台で新記録でした。でも今年は少し減ります。なぜならば今年は50周年で、本社は本当に小さな会社ですから、イベントなどいろいろ準備を進めていてどうしても生産台数が減ってしまうんです。

加藤 50周年を迎えてイベントが盛りだくさんだから、生産台数が減ってしまうって、なんだかほのぼのしますね(笑)。

ローレケ 我々としても、まあ50年に一度のことだからしょうがないって(笑)。私自身は昔から変わらずで、会社を大きくしたいと思ったことはないんです。常に思っているのは内容を濃くしたい。課題はその延長線にあって、例えばアフターサービスの面でトレーニングをしたり、まだまだやりたいことはある。

アルピナのような小さな会社が50年も続くことって本当に素晴らしいと思うんです。ドイツでも、当初は素晴らしい会社だったのに我慢できずに大きくしてダメになった例はいくらでもある。アルピナはずっと石橋を叩きながら、コツコツやってきた。いきなりジャンプするようなことはしない、そこは同じなんですね。

加藤 やはりアルピナって、マーケットインというよりはエンジニアリングアウトな会社なんですね。

ローレケ そうですね、やはりエンジニアあってのアルピナです。実はいまでもBMWからの依頼でR&Dをやる部門もあって、そこはわれわれも立ち入れないんです。面白いですよね。

加藤 これからの日本のマーケットにはどのような可能性を感じていらっしゃいますか?

ローレケ 日本はよく特殊と言われますが、やはり成熟したお客さまがたくさんいますし、いま交渉中のFTA(自由貿易協定)が締結されれば、もっといい開かれたマーケットになるはずです。アルピナにとってもこれからもっとチャンスが増えると思っています。

加藤 ありがとうございました。今年の第44回東京モーターショーでも期待しています。

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インタビュアー:カーグラフィック代表取締役社長 加藤 哲也
1959年生まれ。東京都出身。大学卒業後はテレビ番組制作会社に勤務。1985年、出版社である二玄社へ転職。自動車専門誌『カーグラフィック』に配属される。2000年に編集長に就任。2007年には姉妹誌であった『NAVI』の編集長も歴任した。2010年に二玄社からカーグラフィックの発行を引き継ぎ同社を設立、代表取締役社長を務める。

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