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第1回アズーリ(azzurri)

2011年6月7日


~風光明媚な奥三河をタイムラリーで楽しみ、懇親を深める~

チンクエチェント博物館は2011年5月28日(土)、愛知県名古屋市とその周辺で第1回アズーリ(azzurri)を開催しました。

チンクエチェント博物館が主催するこの「アズーリ(azzurri)」への参加資格は、イタリア車であるということ。
アズーリ(azzurri)とは、サッカーのイタリア代表など、イタリアのスポーツ代表チームが青いユニフォームを着用していることから、イタリア代表であることを意味します。特に青いクルマに限定されるわけではありません。

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当日は、梅雨入りと台風接近が重なり、あいにくの雨模様。それにも関らず、メイン会場のアウトガレリア ルーチェ(愛知県名古屋市名東区)には、色とりどりのイタリア車が集まりました。
今回の参加車両は51台。フィアット、アバルト、アルファ ロメオ、フェラーリ、マセラティ、ランチアそれぞれの最新モデルから歴史的価値のある希少モデルの参加がありました。

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第1回アズーリは当初、ミュゼオ御殿場をメイン会場として開催される予定でした。しかしながら、東日本大震災の影響で計画停電の実施が想定されたため、急遽、愛知県での開催に変更となりました。
急な変更ではありましたが、チンクエチェント博物館が普段懇意にされているマセラティ・クラブ・オブ・ジャパン、ディノ クラブ オブ ジャパン、ランチア クラブ ジャパンなどの自動車クラブの協力もあり、多くのイタリア車が集まる結果となりました。

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タイムラリー

今回のタイムラリーのコースは、奥三河方面へ向かうルート。
名古屋ICから東名高速に乗り、東海環状自動車道で豊田勘八ICへ。紅葉やカタクリの花の名所として知られる香嵐渓(こうらんけい)を越え、愛知高原国定公園の玄関口にもなっている三河湖へ向かう風光明美なコースです。
9時30分から、30秒ごとにスタートし、145kmのルートを走ります。

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タイムラリーは競技ではありませんから、スピードを競う必要はありません。ただし、ミスコースは大きな時間のロスとなりますので、コマ地図を正確に読みこなすことが求められます。

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参加者に当日配られるコマ地図には、イタリア車各ブランドのクイズが含まれています。
なかなか難しい問題もありましたが、1問ミスするとゴールした時間に5分足すというペナルティが課せられますので、上位を狙うには、イタリア車に関する知識も必要となりました。

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アルファロメオのALFAには意味があります。日本語にすると?
回答)ロンバルダ自動車製造株式会社

アルファロメオの誕生は、今からおよそ一世紀を遡る1910年、北イタリアの中心地であるミラノにロンバルダ自動車製造会社(Anoninma Lombarda Fabbrica Automobili)が設立され、その頭文字をとってアルファ(ALFA)と名乗ったことに始まります。
その10年ほど前、トリノではすでにフィアット(FIAT)社が興されており、都市対抗意識の強いミラノの紳士たちは、フランスのダラック(darracq)社のイタリア工場を買い取り、自らの手でクルマを作りだそうとしたのでした。これが、今に続くアルファロメオの歴史の始まりです。
やがてアルファの経営は、ひとりの実業家の手に委ねられることになります。その人物、ニコラ・ロメオ(Nicora Romeo)がアルファロメオのもうひとつの名前の由来となります。
こうして、この、世にも美しい響きをその名に持つ自動車メーカー、アルファロメオは誕生したのでありました。

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フィアットの本社工場はトリノのどこにある?
回答)ミラフィオーリ

ミラフィオーリは、それまでのリンゴットに替わる新しい工場として1939年に稼働を開始し、現在に至るまでフィアットの主力工場の座にあります。
なお、1966年に経営トップに就任した、創設者の血を引く、またイタリア人の憧れの的であったジャンニ・アニェッリは、当時市場での競争力を落としていた主力サルーンである124の後継モデルとして、ベルトーネにスタイリングを委ねて開発した新たなモデルに、「131(スーパー)ミラフィオーリ」の名称を付けたことは良く知られています。
およそ7万m2の広大な敷地には、2006年にモータービレッジ(全車種に乗れる展示場)も開設され、現在は、アルファMiTo、フィアット・ムルティプラ、ランチア・ムーザなど製造しています。

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アバルトがフィアット・オート・コルセ時代、工場はどこにあった?
回答)キバッソ

キバッソには、当時のラリーファクトリーがあり、037ラリーやデルタなど、WRCをはじめとするラリーで活躍したランチア・ブランドの名車がここから誕生しました。その後、このファクトリーはミラフィオーリ工場の中に移転しています。
それ以前は、アバルト創業の地であるコルソ・マルケ38。そして1971年にフィアットの傘下に入る際、レーシング部門はビンチェンツォ・オゼッラ(Vincenzo Osella)率いるレーシング・チームに譲渡されています。
一方、フィアットのモータースポーツ部門を支え続けたアバルトは、2007年に市販車の発売が再開し、往年の名称とサソリのエンブレムが復活します。

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リンゴット(旧フィアット第2工場)で最後に作られたランチアの市販車は?
回答)ランチア デルタ HF インテグラーレ ジアッラ

初期のフィアットを支えたリンゴット工場は、1916年に建設が始まり、1923年に創業を開始しました。5階建ての建物の内部は、螺旋状に生産ラインが配置され、最後は屋上に設置された楕円状のテストコースで完成車のチェックを行うという、独特のレイアウトを持っていました。
老朽化により1982年に廃止され、現在この建物はショッピングセンターなどが入る複合施設へと生まれ変わっていますが、リンゴットのスタッフによると、「最後にデリバリーしたモデルは、ランチア デルタ HF インテグラーレ ジアッラである」とういうことなので、この時期(1994年頃)までは、まだ一部の施設は稼働していたのかもしれません。

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マセラティがフィアット傘下に入る前はどこの傘下だった?
回答)デトマソ

1937年、モデナの実業家アドルフォ・オルシ(Adolfo Orsis )に経営を託したマセラティは、1965年にシトロエン傘下となり、その後、1974年のプジョーによるシトロエン買収に伴い、プジョーと業務提携を結びますが、その翌年、この契約を解消し、デトマソに買収されます。
これにより、マセラティ・メラクがシトロエンSMと同じエンジンを搭載、またインストルメント・パネルに共通の部品が使われ、シトロエンSMのブレーキ・システムはマセラティ・ボーラにも使用されるなど、両ブランド間での共用が多く行われました。
マセラティ・キャラミとデトマソ・ロンシャン、マセラティ・クアトロポルテIIIとデトマソ・ドゥーヴィルといった兄弟車も誕生し、両社の関係はマセラティがフィアット傘下となる1993年まで続きます。

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エンツォ・フェラーリが最初に作った市販車は?
回答)アウトアヴィオ 815

アルファロメオのから離れたエンツォ・フェラーリは、アルファロメオとの契約上、まだ自らの名を冠したモデルを発表することができず、1939年、モデナでアウトアヴィオ・コストルツィオーネ(AUTOAVIO COSTRUZIONI)を立ち上げます。そこで最初に製作したモデルが、翌年のミッレミリア用のレーシングカー815でした。エンジンは8気筒1.5リッターで、そこからティーポ815と名づけられました。
フェラーリの名を冠した最初のモデルは、1947年のフェラーリ125 Sで、その後は、1950年代に入り発表された250シリーズへとつながります。

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ランボルギーニの正式な会社の名称は?
回答)ヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ SpA

ヌオーヴァ・アウトモービリ・フェルッチオ・ランボルギーニ SpA (Nuova Automobili Ferruccio Lamborghini SpA)は、農業機械の製造で成功をおさめていたランボルギーニが設立した会社で、最初のモデルは1963年のトリノショーで発表された350GTVでした。
その後幾多の変遷を経て、1999年にアウディの傘下となり、現在に至ります。

アバルト695トリブートフェラーリ

チンクエチェント博物館所有車両として新たに加わったアバルト695トリブートフェラーリを紹介します。
アバルト695トリブートフェラーリは、アバルト500をベースとするスペシャルモデルで、国内では2010年11月1日から150台限定で予約受付が開始されました。なお、世界での限定台数は1,696台ですので、その1割弱が日本に割り当てられたことになります。

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心臓部には、チューニングされた1.4リットル直列4気筒ターボT-Jetエンジンが搭載され、最高出力132キロワット(180馬力)/5500rpm、最大トルク250ニュートンメートル/3000rpmを発揮します。組み合わせるトランスミッションは、ATモード付き5速シーケンシャル「アバルト コンペティツィオーネ」で、ステアリングにパドル式スイッチを備えます。

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ランチで懇親を深め、貴重なフェラーリコレクションを見学

タイムラリーを終えた後は、リストランテ・エストでランチ。

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食事が終わったところで、リストランテ・エストのオーナー氏が所有されるフェラーリのコレクションを特別に見学。フェラーリ社が世界で1台だけ製作したワンオフのプレミアムモデルフェラーリSP1を含む、数々の希少なモデルを拝見することができました。

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15時から表彰式。
まずは、タイムラリーで出題されたクイズの答え合わせが行われました。
そして、今回の確定時間が3時間15分と発表されました。これに一番近い方が優勝となります。確定時間との差が同タイムの場合は、3時間15分よりも短い時間でゴールした方が優勝となります。

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表彰は、確定時間との差が一番大きかった最下位賞から。道を間違ってしまったことにより、確定時間から1時間44分20秒遅れとなった方でした。
栄えある優勝は、アバルト500Cで参加された方が獲得されました。確定時間との差が驚きの僅か2分! の3時間13分でゴールされました。

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その後は恒例のビンゴゲームで盛り上がり、最後は集合写真を撮影して解散となりました。
次回のアズーリは、10月にアバルトデイズとの共催で実施され、来年は、全国規模で交流を深めるため、関西や九州での開催も検討されているとのことです。

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拡大画像

○フィアットについてはこちらから
フィアット グループ オートモービルズ ジャパン オフィシャルサイト

○アルファ ロメオについてはこちらから
アルファ ロメオ オフィシャルサイト

○アバルトについてはこちらから
アバルト オフィシャルサイト

○マセラティについてはこちらから
マセラティジャパン

○フェラーリについてはこちらから
Ferrari Japan|フェラーリ・ジャパン ホームページ

○ランボルギーニについてはこちらから
Automobili Lamborghini Japan

○チンクエチェント博物館

第1回アズーリ フォトギャラリー

本記事の取材は、2011年5月に行いました。


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