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Nicole Circuit Day

2012年12月11日


~目玉は日本初となるBMWアルピナB6 GT3レーシングカーのデモンストレーション走行~

2012年11月9日(金)、Nicole Circuit Dayが富士スピードウェイ(静岡県駿東郡小山町)で開催されました。

Nicole Circuit Day は、BMWアルピナの正規インポーターであるニコル・レーシング・ジャパン株式会社の創立35周年と独国アルピナ社日本総代理店ニコル・オートモビルズ株式会社の創立30周年を記念したサーキットイベントです。
同社がNicole Circuit Day を開催するのは、2007年6月29日(金)に次いで2度目となります。

B6 GT3レーシングカーのデモンストレーション走行

この日の目玉は、日本初となったBMWアルピナB6 GT3レーシングカーのデモンストレーション走行です。何とそのステアリングを握るのは、独アルピナ社の代表取締役兼モータースポーツ責任者のアンドレアス・ボーフェンジーペンさんです。6人のメカニックとともに来日した社長自らがステアリングを握り、参加の皆様にその勇姿を披露するとともに、写真撮影やサイン等に気さくに応じていたのが印象的でした。

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アンドレアス・ボーフェンジーペンさんは、1962年にドイツ・ミュンヘンでアルピナの創立者であるブルカルド・ボーフェンジーペン氏の息子として生まれ、1987年からドイツのツーリングカーレースに参戦、1995年にはBMW社に入社し、BMW Z8の開発やBMW 3シリーズのマーケティング責任者などのキャリアをお持ちです。

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会場では、アンドレアス・ボーフェンジーペンさんから、忙しい合間を縫って、日本のお客様にコメントをいただきました。

美しい富士山を背景に抱くサーキットで、このようなイベントが行われることを大変うれしく思っております。
ニコル社との長年のパートナーシップにより、現在では、アルピナの約20%が日本のお客様の手に渡っており、その間のニコル社のご努力に改めて敬意を表すとともに、アルピナを愛して下さっているお客様に心より御礼を申し上げます。
日本のお客様、とりわけアルピナを選んで下さるお客様は、クルマに詳しく、またドライブを心から楽しまれている方が多いと思います。本日のこのようなサーキットを舞台にしたイベントで、アルピナの性能を大いに堪能いただけるものと確信しております。
現在、アルピナは、ヨーロッパでは主流となっているクリーンディーゼルのモデルの日本導入を始めており、すでに多くのご注文をいただいております。
これからも魅力的なモデルを開発していきますので、アルピナの今後にどうぞご期待下さい。pic_bmw1212_d

迫力あるレーシングカーの姿を間近で見られるだけでも大興奮ですが、抽選で選ばれた幸運な3名のお客様は、助手席での体験同乗走行も体験できました。

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BMWアルピナB6 GT3レーシングカーは、BMWアルピナB6 Sをベースとし、2011年のADAC GT Mastersのチャンピオンを獲得したマシンです。V型8気筒5.0リッター自然吸気エンジンを搭載し、最高出力は530PSを発揮します。シーケンシャル6速ギアとの組み合わせで、0-100km/h加速は3.9秒、最高速度は285km/hを記録するマシンです。

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アルピナ社は、2009年のジュネーブモーターショーでBMWアルピナB6 GT3レーシングカーを発表、同年のFIA GT3ヨーロッパ選手権に参戦し、20年ぶりとなるレース復帰を果たしました。
BMWアルピナB6 GT3レーシングカーの1号車と2号車は、スポーツガレージというフランスのレーシングチームが購入し、アルピナのカスタマーチームとして各種レースに参戦しました。また、アルピナ社も自らのワークスチームで各種レースに参戦しました。
その結果、レース参戦初年度に4度の優勝と9つのポールポジションという輝かしい成績を残すことになりました。

BMWアルピナB6 GT3レーシングカーは、2009年の東京モーターショーに展示され、日本のファンに披露されています。

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サーキット三昧の一日

本イベントは、イベント名の通り、サーキットを堪能するイベント。会場の富士スピードウェイには、平日にもかかわらず、同社のお客様250台500人が集まり、秋の一日を楽しまれました。

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全長4,563mのレーシングコースでは、BMWアルピナB6 GT3レーシングカーのデモンストレーション走行に加え、レーシングタクシーやお客様の技量に応じた各種サーキット走行のメニューが行われました。これらはすべて、ニコルグループの社員の手による運営だったとのことです。

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BMW アルピナ B5 ビターボとBMW アルピナ B3 GT3のレーシングタクシーをドライブするのは、モーター・ジャーナリストの菰田潔さんと萩原秀輝さんです。

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BMW アルピナ B3 GT3は、2011年のADAC GT Mastersのチャンピオン獲得を記念して、世界限定で99台が作られました。内なんと40台が日本のお客様の元に届けられるとのことです。

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サーキット走行メニューは、ライセンスを保持される方への本格的な走行メニューから、初心者の方でも楽しめるプログラムも用意されました。最後には、参加者全員によるパレードランも実施されました。
パドック内には、物販ブースも設けられ、同社が取り扱うグッズや自転車までが特別価格で販売されていました。

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アルピナについて

アルピナ社のオリジンは、1963年、現社長の父親であるブルカルト・ボーフェンジーペン(Burkard Bovensiepan)氏が、BMW1500のキャブレターをツインキャブ仕様にチューンアップしたことに始まります。

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アルピナの名称は、ボーフェンジーペン家が経営する事務機器メーカーが製造していた、タイプライターのブランド名であり、南ヨーロッパの最高峰であるアルプス(Alps)を連想させるものでした。アルピナの仕事も、当初はこのミュンヘン郊外カウフボイレンにある、このタイプライター工場の片隅で行われていました。

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しかし、BMWをベースに高性能化をはかるアルピナが、自動車のチューナーではなく、今日のようなメーカーとしての地位を確立するのには、もう少し時間が必要でした。
優れたチューナーとして腕を磨き、実績を重ねたアルピナは、1977年のヨーロッパ・ツーリングカー・チャンピオンシップ(ETC)のタイトルを獲得し、これによりその名が広く知れ渡ります。
この間、ボーヘンジーペン氏はDr.インドラ、Dr.チュール、Dr.ハルティッヒの3人のドクターに巡り会い、アルピナの基礎を固め、1979年、ミュンヘンの西方にあるブーフローエに、新たに工場を建設しました。
これが、自動車メーカーとしてのアルピナの誕生です。

ボーヘンジーペン氏の指揮のもと、Dr.インドラは、BMWの直列6気筒3リッターエンジンをベースにターボチャージャーを取り付け、アルピナの基礎となるエンジンを完成させます。なお、Dr.インドラは、後にアウディに移り、1980年代に一世を風靡したクアトロの5気筒エンジンの製作を指揮したエンジニアとしても知られています。
Dr.チュールは、吸気系の改良にその才能を発揮し、各気筒の吸気タイミングとエンジン回転数のバランスの、最も効率の高い吸気管の長さを求めた、レゾナンス式吸気チャンバーを完成し、特許を取得します。
またDr.ハルティッヒは、当時としては画期的であった無接点式と電子制御による自動進角式を組み合わせた点火系システムを完成し、アルピナの先進性を示します。

アルピナの特徴は、BMWのユーザーがさらに何をクルマに求めているかということに対し、明快に答えを出しているところにあります。
優れたパフォーマンスを持ちながらも扱い易く、クルマは美しくなければなりません。それは形だけではなく、数値に表せない部分にまでおよびます。アルピナの美しさは、磨きぬかれた性能、機能と、その味つけにそれらが集約されており、そして、何よりトータルバランスの良さにあります。
トータルバランスは、クルマを開発する上での最も重要なファクターのひとつですが、同時に最も達成が難しい課題でもあります。特に、BMWというベースとなるプロダクションモデルが、非常に優れたカーバランスを持っているなかで、アルピナにはさらにその洗練度を高めることが求められているわけです。

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アルピナのカーバランスは、エンジンや駆動系、またサスペンションやブレーキといったハードウェアだけにとどまらず、ステアリングホイールやシートにまで手が入り、徹底的に優れたカーバランスを追求しユーザーの求めに応じています。
普通の4ドアセダンに並みのスポーツカーを越えるパワーとスピードを与え、それらを一切の破綻を見せない完璧なカーバランスの上に成り立たせること、これがアルピナが創業以来守り続けている同社の基本コンセプトです。

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やがてアルピナは、ドイツの自動車工業会(VDA)に自動車メーカーとして正式に認められ、今日に至っています。

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ニコルグループ代表ニコ・ローレケ氏インタビュー

会場では、ニコルグループ代表のニコ・ローレケさんにお話をお伺いすることができました。
ニコ・ローレケさんは、1969年に駐日ドイツ公使のお父様と共に家族で来日され、1971年に筑波フォーミュラー・リブレ500にて、レーシング・ドライバーとしてデビュー。その後、1982年までF2や富士グランド・チャンピオン・レース等で活躍したキャリアをお持ちです。

-アルピナとのビジネスを始めたきっかけ何だったのでしょうか?

F2でレースをしていた時代、乗っていたマシンがBMW製のエンジンを搭載していたのが縁で、BMW社とのコンタクトができました。それがきっかけでアルピナにアプローチすることができました。
その当時は、アルピナは日本に輸入されておらず、逆にアルピナ社からは、「なぜ日本に輸出しなければならないのか?」と不思議がられたほどです。

1979年に初めてのアルピナを輸入しました。アルピナB7ターボです。

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その後、アルピナのディーラーを立ち上げ、2年前には年間販売台数が200台を超えるまでになりました。スポーツディーゼルモデルのD3が好調だったためです。
現在は、D5が好調で、この販売に注力しています。

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-その後、アルピナ社の日本に対する姿勢は変わりましたか?

当社は、30年間で約3,600台のアルピナを輸入しました。3日に1台のペースです。
今では、アルピナ社は日本市場をとても大切にしています。
日本のためにいろいろと注文も聞いてくれますし、D5についても日本で型式認証を取得するために、さまざまなチューニングを行うなど、こちらの要請に応えてくれました。
また、現在のラインナップに右ハンドルモデルが多いのも、メーカーの日本市場への積極的な姿勢の表れです。

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ありがとうございました。

○ニコルグループについてはこちらから。

○BMW ALPINAについてはこちらから。

Nicole Circuit Day フォトギャラリー

本記事の取材は、2012年11月に行いました。


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