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フェラーリ・レーシング・デイズ富士2014

2014年9月26日


~ラ フェラーリをサーキットにおける国内一般初公開~

フェラーリ・ジャパンは2014年9月13日(土)と14日(日)の2日間、富士スピードウェイで「フェラーリ・レーシング・デイズ富士2014」を開催しました。

2012年と2013年は鈴鹿サーキットで開催した当イベントは、2010年以来4年ぶりに会場を富士スピードウェイに移し、750台以上のフェラーリと、また2日間で延べ1,700人以上のオーナーやそのパートナーが参加しました。

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両日行われた「フェラーリ・チャレンジ・トロフェオ・ピレリ・アジアパシフィック」の決勝、10年に1度のアニバーサリーモデル「ラ フェラーリ(全世界499台限定)」のサーキットでの国内一般初公開、14日(日)は元F1ドライバーのジャンカルロ・フィジケラ氏がゲスト参戦した「フェラーリ・チャレンジ・アジアパシフィック2014」が行われるなど、多彩なイベントでフェラーリオーナーだけでなくフェラーリファンも魅了し、アジア最大級のイベントに相応しい盛況を見せました。

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リノ・デパオリ代表取締役社長による小学生向け特別授業

フェラーリ・ジャパン代表取締役社長リノ・デパオリ氏は、抽選で当選した静岡県小山町の小学生40名に対し、社長自ら講師となって、フェラーリについての特別授業を行いました。授業は子供たちが親しみやすいように、クイズ形式や動画を取り入れたもので、子供たちからも積極的に質問が寄せられていました。

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デパオリ社長はフェラーリについて、第1次世界大戦で活躍した空軍パイロットが創業者のエンツォ・フェラーリに幸運の印として付与した紋章にフェラーリの故郷モデナのカラーを組み合わせたとされるエンブレムの由来や、フェラーリがF1の創設以来参戦し続けている唯一のブランドであることを話しました。
続いて、フェラーリを代表する歴代モデルを紹介。1947年のフェラーリ設立の年に誕生した「125S」に始まり、2014年8月にオークションにて39億円で落札された「250GTO(1962年)」、「365GTB/4(1968年)」、「512BBi(1981年)」、「テスタロッサ(1984年)」に続いて10年に1度のアニバーサリーモデル「F40(1987年)」、「F50(1997年)」、日本人デザイナーも手がけた「エンツォ フェラーリ(2002年)」、そして最新アニバーサリーモデルの「ラ フェラーリ(2013年)」の名を挙げました。

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特に「F40」については、デパオリ社長が子供の頃にあこがれの1台として自身の部屋にポスターを飾り、当時からフェラーリへの情熱を傾けていたことを明らかにし、子供たちに夢を持ち続けることの大切さを教えました。

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フェラーリ・ジャパン プレスコンファレンス

デパオリ社長は、イベントの概要説明と日本におけるフェラーリの活動報告を行いました。「フェラーリ・レーシング・デイズ富士2014」について、フェラーリのレーシングDNA、美しいアイコンであるフェラーリカー、伝統ある歴史、そして最も重要であるフェラーリを情熱をもって買って下さるお客様、その全てを体現したイベントである、と述べました。

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また、今回開催地が鈴鹿サーキットから富士スピードウェイに戻ったことに触れ、日本全国のフェラーリオーナーが富士まで走行した「ROAD to FUJI」についても、完走したクルマを目にしたとき感慨深いものがあった、とコメントしています。

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サーキットでの国内一般初公開となる「ラ フェラーリ」は、世界限定499台のみ販売されており、創業55周年記念の「エンツォ フェラーリ」から10年後の2013年にジュネーヴ・モーターショーでデビューしました。フェラーリの未来車とされる「ラ フェラーリ」は、フェラーリ初のハイブリッド車。6,262ccV12気筒エンジンに「HY-KERS」と呼ばれるハイブリッド・システムを組み合わせ、最高出力963CVを実現しながらCO2排気量は330g/kmに抑えています。最高速度は350km/h以上、0-100km/hまでの加速を3秒未満で実現し、フェラーリ史上最速のロードカーとなりました。

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続いて、お客様が自由に素材、カラー、仕上げに至るまでカスタマイズできる「テーラーメイド・プログラム」から日本特別仕様車として生まれた「BUSHIDO(武士道)」の展示についても紹介しました。日本刀をイメージした車体の真ん中を走る白いストライプと、細部に漆を模したカラーリングが施されたデザインが特徴的。センターコンソールには、日本を象徴する富士、兜、桜をあしらった記念プレートが施されています。

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1993年にイタリアでスタートしたワンメイクレース「フェラーリ・チャレンジ」。今回は昨年に引き続き日本で3回目の開催となる「フェラーリ・チャレンジ・トロフェオ・ピレリ・アジアパシフィック」の決勝レースが開催されました。

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当日、「FRDパス」をお持ちのお客様は、ピットエリアまで入場することができます。ピットエリアでは、スペシャルカーを間近でみることができるだけでなく、サーキットに向けて準備するF1カーのエンジン音や、目の前で走行するレースを観戦することができ、普段は見ることのできないレースの裏側を体験することができます。

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プレスコンファレンスの締めくくりとして、元F1ドライバーであり、今回の「フェラーリ・チャレンジ・アジアパシフィック2014」の第5戦にゲスト参戦が決まっているジャンカルロ・フィジケラ氏が登壇しました。インタビューの中でフィジケラ氏は、「日本人はフレンドリーでモーターレースが好きな人も多い。」と日本に対する印象を語りました。

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ジャンカルロ・フィジケラ(Giancarlo Fisichella)氏は、1973年生まれのイタリア人レーシング・ドライバーで、F1を中心に様々なレース・カテゴリーで活躍し、日本にもファンが多いことで知られています。
1994年に、イタリアF3チャンピオンシップを獲得し、翌年はアルファロメオから当時全盛であったDTM(ドイツ・ツーリングカー選手権)に参戦した後、1996年にミナルディからF1にデビューしました。

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1997年のジョーダンへの移籍を経て、1998年からベネトン・チームに迎えられ、2001年シーズンまでエース・ドライバーとして活躍します。
その後は、いくつかのF1チームを渡り歩き、2008年のモナコGPでF1通算200参戦を達成しました。
2009年のシーズン半ばに念願のスクーデリア・フェラーリの一員となり、その年限りでF1から引退しています。
フィジケラ氏は、2014年10月4日開催のユナイテッド・スポーツカー・チャンピョンシップの10時間耐久レース、プチ・ル・マンへの出場を予定しています。

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○フェラーリについてはこちらから。
フェラーリ・ジャパン ホームページ

フォトギャラリー

本記事の取材は、2014年9月に行いました。


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